蠅の王(ゴールディング)|作品を読み解く3つのポイント

蠅の王 イギリス文学

TITLE : Lord of the Flies
AUTHOR : William Golding
YEAR : 1954

GENRE : Psychological Drama, Adventure

jungle
画像提供:Unsplash

「ぼくがいおうとしたのは……たぶん、獣というのは、ぼくたちのことにすぎないかもしれないということだ」

P147(『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮社、1975年)

テーマ:悪の所在

【作品を読み解く3つのポイント】
1、「敵」の発見
2、「敵」との闘い
3、プロメテウスの悲劇

※本記事の商品リンクには、
黒原敏行訳(ハヤカワepi文庫)を
掲載していますが、

記事の本文で引用するのは、
平井正穂訳(新潮文庫)のものです。

【1】「敵」の発見

本作を考察するにあたっては、
ヴェルヌの『十五少年漂流記』とともに
それぞれの内容を比較することで、
重要な手がかりを得ることができそうです。

無人島に漂着(不時着)した少年たちが、
いつ来るとも知れない救助を待ちながら
サバイバル生活を送る、というのが、

双方の作品が共通して採用している
大まかなあらすじです。

条件はほぼ同じであったにもかかわらず、
少年たちのたどった運命が、文字どおり、
天国と地獄のごとく分岐するに至ったのは、
いったいどうしてなのでしょうか。

「初めはうまくいってたんです」と、ラーフがいった、「でも、そのあとで、いろんなことがあって―」
 彼はいうのをやめた。
「ぼくらは初めはいっしょに団結してやっていたんです―」

P347(『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮社、1975年)

少年たちの明暗を分けた最たるものは、
彼らの間に起こった仲間割れでした。

『十五少年漂流記』では、
人気者ブリアンに嫉妬したドニファンが
仲間を連れて集団を離れてしまいます。

さらに悪いことには、
そこへ追い打ちをかけるように、
野獣の出現という絶体絶命が
少年たちを襲うのです。

ところが、こうした危機に直面することで、
少年たちは再び結束し、
かえって強い絆で結ばれることに
なりました。

その一方で、本作『蠅の王』はというと、
そうした仲間割れが負の連鎖を引き起こし、
ついには最悪の結果を招くことになります。

両者の運命を分けたものは、ずばり、
「敵」の存在です。

ブリアンたちは幸いにも、
共通の敵を、集団の「外側」で
発見することができました。

その一方で、『蠅の王』の少年たちは、
そのような明確な「敵」の存在に
遭遇することができませんでした。

少年たちを襲ったのは、
野獣の恐ろしさをはるかにしのぐ恐怖、
すなわち「敵」のいない恐怖だったのです。

少年たちが一致団結して
戦うことができるような「敵」の存在を
見出すことができなかった彼らは、

やがて、お互いに疑心暗鬼を引き起こし、
しまいには、仲間をあやめる事態にまで
状況を悪化させてしまいました。

【2】「敵」との闘い

冒険ロマンとは、まるでかけ離れた惨劇が
次から次へと少年たちを襲います。

南の楽園は、最終的に
血なまぐさい戦場と化しました。

文庫本に収録されている
巻末の解説によると、

著者ゴールディングは
「ビスマルク号の撃沈や
ノルマンディ上陸作戦等々に参加した」
ということですから、

物語で描かれた生々しい惨状の数々には、
著者自身の従軍体験
そのまま反映されていたのかもしれません。

「蛇だ!蛇だ!蛇が見える!」

P75(『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮社、1975年)

「悪」はどこにある(いる)のか?

本作が追究するのは、
悪事を引き起こした原因の背後にあるもの、
言い換えれば、人の心の深奥に潜む
「悪の根源」です。

同じ学校に通う生徒同士であった
『十五少年漂流記』の少年たちとは違って、

同じ年頃のイギリス人であること以外には、
ほとんど見ず知らずの者同士であった
『蠅の王』の少年たちには、
信頼感というものが著しく欠けていました。

少年たちの間には、
サバイバル生活をはじめる前からすでに、
疑心暗鬼の入り込む余地があったのです。

そんな彼らを見舞った悲劇の発端は、
「獣(蛇)」の噂にありました。

はじめのうちは、暗闇を恐れる
小さな子どもたちの臆病として
一蹴されただけでしたが、

その恐怖心は次第に、
年長の少年たちにまで伝染していきます。

人間にとってもっとも恐ろしいのは、
わけのわからないものの存在です。

少年たちの正気(理性)は、瞬く間に
恐怖に飲み込まれていきます。

彼らはとうとう、
見えない「敵」を発見してしまったのです。

この「敵」との闘いはやがて
「狂気」との闘いへと発展していきます。

少年たちが、そこで目の当たりにしたのは、
冒険を盛り上げるための波乱万丈ではなく、
ひたすら過酷な戦場のリアルでした。

【3】プロメテウスの悲劇

「きみたちの小さな烽火は、なるほどうまくいったよ」

P70(『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング著、平井正穂訳、新潮社、1975年)

タイトルの「蠅の王」をはじめとして、
「獣」や「蛇」「火」など、
本作には、神話にまつわるキーワード
物語の随所に見て取ることができます。

私パイヌが、個人的に気になったのは、
ピギーの眼鏡です。

少年たちは、唯一眼鏡を着用している
ピギーから眼鏡を借りて、
木片にレンズで日光を照射し、
火を起こすことに成功します。

彼らは、ピギーの眼鏡のおかげで、
サバイバル生活に必要不可欠な
「火」を手に入れることができたのです。

ところが、この「火」をめぐって、
少年たちの関係性は、
徐々に悪化していくことになります。

ピギーの眼鏡が壊れて
レンズが片方だけになってしまったのも、
皮肉なことに、火(のろし)に関する
トラブルが原因でした。

ピギーは、
身勝手な行動に走る者が多いなかで、
ほとんど唯一といっていいほど
常に冷静な判断ができる少年であり、

かつ、大事な火を起こすことができる
眼鏡の持ち主であったにもかかわらず、
集団のなかでは終始
理不尽な扱いを受けていました。

そして、挙句の果てには、
あのような悲惨な最期を迎えることに
なるのです。

ピギーを見舞った悲劇は、どことなく、
ギリシア神話のプロメテウス
彷彿させます。

寒さと飢えに苦しむ人間を
不憫に思う気持ちから、

ヘパイストス(炎と鍛冶の神)の火を盗んで
人間に与えたプロメテウスは、
ゼウスの怒りを買って罰を受けました。

プロメテウスもまた、「火」によって
自らの悲劇を招いたのです。

この点について、さらに深掘りすると、
ピギーは最終的に
片眼だけしか見えない状態
陥ったことから、

ヘパイストスとの関連性も
気になるところではあります。

ただ、これ以上追究すると、
話がかなりややこしくなってしまうので、
今回はここまでということで。